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【憲法問題欧州調査報告 第一回 ポーランド】
○はじめに
衆議院憲法調査特別委員会の理事を中心として
16日(日)から欧州各国の調査に出ています。
今回の派遣は
国民投票におけるメディア規制等を中心としつつ
憲法改正などの重要な政治課題について
どのようにして広範な国民的合意を形成しているのかなどの
調査を目的としています。
中山太郎衆議院憲法調査特別委員長を団長に
公明党から斉藤理事、共産党から笠井委員
国民新党・日本・無所属の会から滝委員
それに民主党から私。
さらに自民党から2名が遅れて参加します。
公務の出張ですので
今回も皆さんにきちんとご報告をします。
○7月16日(日)~17日(月)
中山団長をはじめとする他のメンバーは
16日午前成田発の全日空便で欧州に向かい
夕方パリに着いて一泊してから
翌17日の便でワルシャワに向かいました。
私は都合で16日21時55分成田発
エール・フランスの夜行パリ便に乗り
17日の朝4時すぎにシャルル・ド・ゴール空港に到着。
空港のラウンジで半日ほど待って
パリに一泊した他のメンバーと合流したのち
昼のエール・フランス便でワルシャワに向かいました。
少し無理な日程でしたが
ワルシャワは空気が乾燥しているためか爽やかで
翌日からの公務に向けてぐっすり眠ることができました。
○7月18日(火)~19日(水)
ポーランドを視察先に選んだのは
共産党政権崩壊後の憲法制定プロセスが
たいへん興味深いものだったからです。
この国では旧共産党(正式には「統一労働者党」)勢力と
労働組合「連帯」を中心とする反政府勢力。
それにカソリック勢力を含めた三者が
円卓会議などのプロセスを経ながら
民主的・平和的に体制変革を成し遂げました。
またこの間において
まずは「小憲法」と呼ばれる第一段階の憲法を作り
さらに時間をかけて「大憲法」を作るという
面白いプロセスを踏んでいます。
どのような理由や背景で
このような合意形成プロセスを踏んだのか
参考になるのではないかと考えました。
具体的な調査先は次のとおりです。
18日09:30~10:50サフィアン憲法裁判所長官
11:05~12:40ルィマシュ国家選挙管理委員長
15:00~16:00カリシュ下院議員(民主左翼同盟・元共産党)
19:00~22:00ボルセビッチ上院議員(「連帯」以来の政治活動家 90年代は下院議員)/マゾヴィエツキ元首相(円卓会議での労働組合問題に関する座長ののち初の非共産党系首相)/ボロフスキ社会民主党党首(共産党出身の元下院議長)/ゲメレク元外相(共産党出身の元下院憲法委員長で現在欧州議会議員)~大使公邸における夕食懇談会の形式
19日09:30~11:00トシュチンスキ最高行政裁判所長官
○共産党体制の変革と合意形成
今回の調査先はいずれも
体制変革と憲法制定に直接かつ中心的にかかわった
当事者ばかりでした。
特に18日夜の夕食懇談会には
ポーランド政界の重鎮が集まり
忌憚のない意見を聴くことが出来ました。
一致した見解として
ポーランドの場合には
共産党独裁をやめようという合意が
国民一般はもちろんのことに
共産党の内部においても幅広く存在しており
特に早い段階で共産党内若改革派が実権を握り
改革と合意への土壌が作られていたこと。
こうした内部改革派と「連帯」などの反体制派に加え
カソリック教会が強い影響力を持ち
三者の間で合意形成がはかられたこと。
(ポーランドはヨハネ・パウロ二世という
ローマ法王を輩出したカソリック大国です。)
合意のために王政時代にも使われていた
円卓会議という手法が歴史的にも存在していたこと。
新体制下の憲法制定については
「与野党を超えた国家に対する責任である」との
共通認識が持たれていたこと
などが示されました。
特筆すべきは
統治機構について定めた「小憲法」制定後
旧共産党勢力が議会の大半を占めていたにもかかわらず
「連帯」系勢力やカソリック教会の意見を大幅に取り入れ
人権分野を含む「大憲法」が作られたことです。
カソリックと他の宗教とが両立するような
宗教に関する規定など
内容的にも上手に妥協が図られています。
これは国民投票が控えていたため
議会内の勢力分布だけでものを進めると
国民投票で否決される可能性が高かったことに加えて
当時の当事者たちが
国論の統一に向けた意識を
強く持っていたためだと思われます。
大使公邸での夕食懇談会では
当時からの政界の大物たちが
同窓会風に当時を振り返り
自信を持ってポーランドの民主化プロセスを
語ってくれました。
○国民投票
もっとも大憲法制定の国民投票における投票率は
50%をわずかに超えるにとどまりました。
激しい議論を経て提案されただけに
低投票率に対する驚きもあったとの一方で
共産党体制下においては
投票が事実上強制されていたこともあり
「投票しない自由」も
民主化によってもたらされた自由として
一定の積極的意味を持っていることが語られました。
また憲法改正の場合はともかくとして
一般的な国民投票については
あまり頻繁に行うと意味が薄れてしまうので
本当に重要な時だけに限るべきとの指摘がありました。
ちなみに憲法改正国民投票には
最低投票率の規定はありませんが
一般的国民投票については
投票率50%超でなければ拘束力を持たないとしています。
投票運動については
一定の要件を満たした団体に対して
テレビ・キャンペーンのための時間が
賛否両論対等に提供されます。
その他の有料CM放送については
誰に対しても
価格を含めて統一の条件としなければならないこと。
またポスターやビラも含めて
主体を明確に示さなければならいことなとの点が
日本でも参考にできると思います。
○まとめ
ポーランドはたいへん親日的な国でした。
ワルシャワの街は
インフラのメンテナンスが不十分であるものの
たいへん緑豊かで好印象です。
また第二次大戦で破壊された旧市街が
市民の努力によって従前どおり復元されており
その努力に感激しました。
ロシア・ドイツという大国に挟まれ
国家が消滅するという悲劇を何度も繰り返しただけに
国論の分裂を避けて国民的合意を形成することに
したたかな努力を払う伝統があり
このことが平和的民主化を成し遂げたのだと思います。
ポーランドは19日の午前まで
昼のアリタリア航空便が急に飛ばなくなり
同行スタッフは少し慌てていましたが
ポーランド航空に振り替えることができ
予定通りローマに向かいました。
次回はイタリアでの調査を報告する予定です。
7月23日コペンハーゲンのホテルにて
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