3つのキーワード――――――――――地域限定か否か。時間。加害者は誰か?
① 地域限定
公害は水俣病、四日市病など地域の名前が付けられるように、ある特定の地域内に限定可能な出来事と言えます。
地球環境問題は大きな生態系の中で起こるものであり、地域に限定されるものではなくボーダレスな問題となってしまいます。
公害問題と地球環境問題はその影響を与える範囲が異なると言えます。
② 時間
水俣病の場合、汚染された土地を埋めこむことによってそこに蓄積された水銀を押さえ込むことができました。つまり、処置をすることによって比較的短時間で地域の環境を改善することが出来たわけです。
一方、オゾン層の破壊のような地球環境問題の場合、現時点でオゾン層の破壊のピークは2050年ごろとなると言われています。このように自分たちのしてきたことが、50年後の世界にまで影響を与えてしまうようなことが出てきました。
公害問題とは異なり、地球環境問題は解決にかかる時間が計り知れなくなります。もし、今の世代が解決に向けた努力を怠れば、次の世代では、お金や時間をかけるだけでは処理できなくなるはずです。
③ 加害者は誰か?
水俣病の加害者はチッソ、四日市ぜんそくの加害者は周囲の工場群でした。公害の場合、このように公害の原因の特定が可能でした。つまり加害者は誰かという問いに誰々と答えられたわけです。加害者がはっきりとしている分、公害の発生源を封じることは比較的容易といえます。しかし、地球環境問題では違います。考えてみましょう。
③-①ゴミ処理に伴うダイオキシン
例えば、ダイオキシンに関して言うと、日本は枯葉剤を撒かれたベトナムの3倍の濃度を持つまでになってしまいました。これはゴミの処理方法の問題といえます。
ダイオキシンを出さない為には850度以上、できれば1200度以上で燃焼する必要があります。日本のゴミ処理場数1850ヶ所、ドイツのゴミ処理場数50ヶ所です。日本とドイツのゴミ処理場の数がこれだけ違うのが何故かと言えば、ダイオキシンを発生させない為には、高温で燃焼する必要がある為、高性能な処理場が必要だからドイツのゴミ処理場の数は少ないのです。もちろん日本ほどゴミを燃やして処理する国も他に例を見ませんが、日本では高性能なゴミ処理場の数は多くはありません。小さな自治体では財源も限られます。これがダイオキシンに取り組まなかった国[日本]と18年前から取り組んできた国[ドイツ]との違いです。
また、日本のゴミ処理施設でも、性能上は850度くらいの力はあるはずですが、実態は350度~400度で燃やしています。これでは、ダイオキシンを出さないための燃焼温度に遠く及びません。
これはゴミの回収のしくみの問題で、日本の場合生ゴミをも燃えるゴミとして回収し、燃やしているが、生ゴミの80%は水分です。これでは燃やした上から水をかけているようなもので、高温での燃焼が不可能になります。ヨーロッパではすでに生ゴミはコンポスト化(肥料化)しています。「生ゴミ」はゴミではなく肥料=資源と認識されています。
③-②農薬によるダイオキシン
さて、ダイオキシンというと、もう1つの問題には農薬があります。特に除草剤の中にまざっているダイオキシンの量はおびただしいものがあります。日本の農地面積は世界の農地面積の0.2%です。しかし日本で使われている除草剤の量は世界で使われている使用量の57.6%なのです。化学肥料はアメリカの7倍EUの13倍使っています。
これでは日本で農業をしていると言うことは環境破壊そのものと言っても過言ではないでしょう。
日本という国で農業をするということは、環境破壊をしているということと同じようなものです。
このようなことが、どうして起こるかといえば、日本では消費者が美しい、見かけの良い方を選ぶからです。例えば、イボの無いきゅうりはかなり弱いので、肥料と農薬で大事に守ってあげないといけないのです。
農薬がかかてっていない証拠ということで、見た目が汚い商品も好かれる外国と違って、日本では消費者が生産者に農薬を使うことを求めています。消費者が直接求めないまでも、消費者の選択の結果が農薬を使うことを求めています。
さて、何が言いたいのかもうお分かりになったと思います。
地球環境問題において
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加害者は誰か? 皆さんです。
被害者は誰か? 皆さんです。
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公害というのは加害者と被害者がはっきりとしていましたが、地球環境問題というのは加害者と被害者がはっきりしていません。
私たち自身が加害者であり、同時に被害者という訳です。つまり、多くの消費者が塩ビを含んだものを使わないとすれば、日本のメーカーは消費者動向に敏感ですから、あっという間に変わります。地球環境問題は自分たち自身の問題であるといえます。私たち自身が変わらなくてはなりません。
ところで、日本という国は対策型国家です。しかし、私は対策型国家のままの日本では良くないと考えています。
あきらかに日本は大きなパラダイム・シフトをして予防型国家をつくらなくてはなりません。ここには正反対の価値感が必要になります。皆さんは地球環境問題に関しては加害者です。ゴミはちゃんと生ゴミを絞ってだしていますか?あるいは、生ゴミはゴミではないという発想をもっているかどうかが、重要だと思います。
「所沢でとった野菜、埼玉県でとった野菜は食べない。」とい方が居られまが、それは、目先のほんの少しの問題を回避できるかもしれないだけで、本当に自分自身を守ることにならないのではないでしょうか?