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衆議院-法務委員会


平成18年05月10日

[「共謀罪」・・・犯罪の国際化及び組織化並びに情報処理の高度化に対処するための刑法等の一部を改正する法律案(内閣提出、第百六十三回国会閣法第二二号)についての質疑]



○枝野委員

 法務大臣を初めとして、この法律は、共謀罪は普通の人たちには関係ないと一生懸命おっしゃっておられます。先ほど、そもそも組織犯罪法をつくったときにも、これは暴力団とか、あのときオウム真理教とかいろいろ出てきましたから、そういうところが対象だということをおっしゃって、そうなっているじゃないかという御答弁がありましたが、今、保坂議員も教えてくれたんですが、例えば、ことしの二月に健康食品販売の会社に組織犯罪法が適用されています。こういった消費者被害をもたらすような話についても、豊田商事事件ぐらいになればそうかなと思わないではないですが、いわゆる詐欺的な商売の違法収益で会社をつくったから組織犯罪法を適用するということが現実に行われているわけです。

 では、どこまでが対象なんだろう。最初、暴力団とかオウムとか、そういう話が対象だと言っていた法律で、今も大臣はそういう認識のようですが、現実にはそうでないところでも適用されている。ここに適用したことの是非については、私は問うつもりはありません。だけれども、法律というのはそういうものだということであります。

 まず、その観点から、どなたが責任を持ってお答えできるのか、そちらにお任せをしていますが、そもそも、この国会の審議において、この条文はこう読むんだとかいうような提案者の発言、提案者、立法者の意思というものが発言をされて議事録に残っております。これはだれをどの程度拘束するんでしょうか。

 一個ずつ聞いていった方がわかりやすいと思いますので、閣法、内閣提出法案について大臣が、この法律はこういうふうに解釈をするんですというようなことを国会で答弁されている、これはだれを拘束するんですか。

○杉浦国務大臣

 一般論として申し上げますと、法令の解釈につきましては、当該法令の規定の文言、趣旨、他の規定との整合性等に即して論理的に確定すべき性質のものでございます。その際に、国会における法案審議の過程で立案者の意図が明らかにされているような場合には、そのような意図についても考慮されるべき重要な要素になるものと考えられます。したがいまして、内閣、すなわち政府による法令の解釈につきましても、立案者の意図を初めとするこれらの要素を考慮して行われるものと考えられます。

 一方で、法案審議における立案者の発言自体が政府を法的に拘束するかどうかという点につきましては、そこまでの効力はないものと考えられます。

○枝野委員

 政府すら拘束しないわけですね。今、例えば大臣が一生懸命、これは一部の人にしか関係ないんですよという御答弁をされていますが、それは法的には拘束力はない。いいですね。

○杉浦国務大臣

 有力な資料となるということでございます。

○枝野委員

 あっさり認めていただいたので、念のため聞いておきますが、これは刑事法です、裁判になり得ます。裁判所で起訴された事件について、起訴をするということは、どうも、文言上、この法律に該当しそうだ、だけれども、国会での提案者とかあるいは政府の答弁では、こういうものは対象じゃないんですよ、対象はこういう人たちだけなんですよという答弁があった、だからおれは無罪だといったときに、裁判所はその国会の議事録に拘束をされますか。

○杉浦国務大臣

 若干補足いたしますが、大臣の発言は大変重いものであると承知しております。

 お尋ねの趣旨は、憲法七十六条三項の解釈にかかわるものでございまして、法務省は憲法の解釈についてお答えする立場にございませんが、一般論として申し上げますと、裁判官は、その良心に従い独立して職権を行い、憲法と法律にのみ拘束されるとされており、法案審議における提案者の発言等は裁判官を法的に拘束するものではないものの、法律を解釈するに際しての重要な参考資料の一つとされるものと承知をしております。

○枝野委員

 重要な参考資料の一つであるということは、私も同感であります。しかし、法的には、拘束力は全く持っていません。

 ちなみに言うと、先ほど、政府に対する拘束力の話をしましたが、参考資料になると言いましたが、どの程度参考にするかしないかというのは、時の行政権を有するもの、内閣が判断できるわけですよね。過去の大臣が、この条文はこういうふうな意味でしか適用しませんと幾ら今大臣がおっしゃっていても、別の内閣が、あの内閣のときの判断は間違っていたので、おれたちは違う解釈をして検察権や警察権を適用する、執行すると言ったって、法的には何の問題もないですよね。

○杉浦国務大臣

 先ほど申し上げましたとおり、法案審議における立案者の発言自体が政府を法的に拘束するというわけではないと考えております。

 新たな内閣になった場合ということでございますが、一般論として申し上げれば、法令の解釈は、先ほど申し上げたような考え方に基づいて論理的な追求の結果として示されるべきものと考えられることから、このような考え方を離れて政府が自由に法令の解釈を変更することができるという性質のものではないと考えられます。

○枝野委員

 ですから、今、この後、早川委員等にお尋ねします。そこでは、共同の目的がどういう意味なのかということについていろいろな御答弁があるんだと思いますが、それは多分、杉浦さんもそれでいいとおっしゃるでしょうし、いずれ早川さんが法務大臣になったら、早川法務大臣のもとでの検察や警察はそういう運用をするでしょうが、私たちが政権をとったときは全く縛られるつもりはありませんし、あるいは、共産党さんなり社民党さんなりが政権をとったときには一切縛られないものであるんだ、この言葉の読み方にはいろいろな読み方があるんだ、これが前提なんですよね。特に刑事法ですから、このことを前提としてお尋ねをしていきたいと思います。

 与党の修正案の六条の二に言う「共同の目的」ということについて、四月二十五日の委員会以来、早川委員はこうおっしゃっておられます。この共同の目的とは、結合体の構成員が共通して有し、その達成または保持のために構成員が結合している目的、すなわち構成員の継続的な結合関係の基礎になっている目的をいうと解されております。

 どこで解されているんですか。

○早川委員

 まず、法令の解釈について、その文言から当然、一定の解釈の範囲というのは定まってくるわけであります。

 現行の組織的犯罪処罰法において「団体」ということについて定義がございます。これは第二条の第一項ですけれども、「共同の目的を有する多数人の継続的結合体であって、その目的又は意思を実現する行為の全部又は一部が組織により反復して行われるものをいう。」こういう定義があるところであります。

 そこで、この定義規定の文言から、この共同の目的というのは、個々の構成員がその時々に有している目的をいうのではなく、多数人が共同して有しているものであり、かつ、継続的な結合体として有しているものでなければならない、こういうふうな論理的な帰結になろうかと思います。

 この定義規定の要件をすべて満たすものだけが組織的犯罪処罰法における団体に該当することから、多数人の継続的結合体であっても、共同の目的を有していないものはこの法律上の団体には当たらないことになること、これもまた論理的な帰結であると考えております。この共同の目的というのは、組織的犯罪処罰法上の団体に必要不可欠なもの、すなわち団体を団体たらしめている基礎的なものであること、これまた当然であろうと考えております。

 このような条文の規定の内容から当然に導かれる解釈といたしまして、与党修正案の共謀罪の規定に言います共同の目的とは、継続的な結合体の構成員が共通して有し、その達成または保持のために構成員が結合している目的、すなわち構成員の継続的な結合関係の基礎になっている目的であると解されることになる、これが私どもの考え方であります。

    〔委員長退席、松島委員長代理着席〕

○枝野委員

 それが二条のところから論理的に出てくるのかどうかということが問題なんだと思っています。「共同の目的を有する多数人の継続的結合体であって、」といったときに、共同の目的がなければ団体には当たらない。というのは、継続的結合体だけが六条の二の共同の目的があるとかないとかの問題になる団体なんだから、ここの対象になるのが共同の目的を持っている多数人の継続的結合体だから、その団体が継続的な結合の根拠になる共同の目的を持っている、それは論理的に出てきます。おっしゃるとおりです。

 しかしながら、修正案六条の二に出てきている共同の目的が、二条に言う共同の目的とイコールであるという保証は何もない。さらに言えば、共同の目的というのは一個である必要は全然ない。

 つまり、例えば、何か市民運動をやりましょうという共同の目的で多数人が継続的に結合している団体があります。そこで言う共同の目的はその市民活動でしょう。それが、市民活動ということが目的となっている団体が二条で団体ということの限定をされる。その団体の活動の中で、その共同の目的が犯罪を実行するものというのは、六条の二で修正で限定をされていることになっているんだけれども、この共同の目的が、もともと二条での団体性を有するかどうかということで言う共同の目的とイコールである必要は全然ない。

 つまり、市民活動をするというのが主たる目的ではあるけれども、市民活動をするということの中で、場合によっては座り込みとかなんとかというところで一定の犯罪に触れることが時々生ずるかもしれないけれども、そこはある程度やむを得ないよねということを付随的に持ち得る場合というのはあり得るわけです、やるかやらないかは別としても。その付随的な目的のところに犯罪ということがかかわってしまった場合に、そこを六条の二でどうやったら排除できるのかということが問題なわけなんです。どうですか。

○早川委員

 なかなか、今の御質問を国民の方がお聞きになっても、余りにも同じような言葉が随分つながっている、わかりにくいんだろうなというふうに思いました。

 そこで、まず私どもの修正案の中で書いていた中身をもう一度繰り返させていただきますと、構成員の継続的な結合の基礎となる目的が重大な犯罪を実行することにある団体、こういう趣旨で、その共同の目的が重大な犯罪を実行することにある団体、こういうふうに修正案を提示させていただきました。

 結局、この場合は、団体の共同の目的が重大な犯罪を実行することにあるというふうに限定をされるわけであります。複数の目的があるということを前提にしているのではなくて、当該結合の共同の目的があくまでも重大な犯罪を実行することにある団体ということに限るという趣旨でこのような文言を修正案として付加することにしたわけでありますので、私は、この表現ぶりで十分意図が達成できるのではないかと思います。

 なお、先ほど、こういった国会での提案者の提案の趣旨ということについて、これがどの程度現実の裁判所の解釈を拘束する拘束性があるかということについて法務大臣に御質問がありました。私は提案者として思っておりますことは、立法府であります国会で質疑が十分行われ、その質疑の内容が一義的に確定をしているという状況の中でその修正案が成立をした場合、その文言の解釈というのは、当然に裁判所においても重要な参考資料としてこれを参照されなければならないし、むしろ、これに相反するような判断を裁判所が行われるということは極めて異例なことになるのではないだろうかと思います。

 特に、刑事法制というのは国民の基本的人権を制約するものになるわけであります。当然、法の適用に当たって謙抑的でなければならないという大原則があるわけであります。さらに、その構成要件の解釈については厳格に、これを拡張解釈してはならない、これもまた刑事法制を貫く大原則である。結果的には、法律の解釈について一番求められるのは、法律の常識、良識に基づいた判断、いわゆるリーガルマインドと言われるものがここにどうしても出てくるであろう。

 もちろん、捜査当局あるいは検察当局、あるいは国会、裁判所、法律の判断というのはそれぞれ行います。最終的には司法の場で判断をされる。特に、裁判所も三審制をとっている関係で、最終的には法律判断そのものは最高裁判所の判断にゆだねざるを得ない、そういった重層的な関係にあります。そのすべての法律判断の過程において、国会の審議における提案者の立法の趣旨というのは十分尊重されなければならないと思います。また、それを逸脱するようなことがないようにするために、あえて法律の中に判断の際の留意事項というのを明文化する、こういう歯どめを設けることが極めて重要ではないかというふうに思っております。

    〔松島委員長代理退席、委員長着席〕

○枝野委員

 一般論としておっしゃっていることが何となくもっともらしいんですけれども、参考になることは参考にはなるんだと思います。私もそう思いますが、かといって、裁判所は拘束はされないですよ。

 それこそ、私は今、党の憲法調査会長をやっていますが、日本国憲法の解釈について、昭和二十一年の国会審議の国会答弁に裁判所も内閣も拘束されますか。全然されていませんでしょう。僕は、それはある意味必然だと思っています。法の条文には幅があるんだから、どう解釈するのかというのは、制定時において立法者が考えていた解釈と時代状況が変わったときの解釈というのは変わっているから、私は自衛隊は合憲だと思っていますし、だけれども、過去の議事録を見ていくと、自民党や自民党につながる政権の政府側が、どう見たって自衛隊違憲としか読めないような答弁を過去にされているんですよ。つまり、そういうのが法の解釈なんですよ。

 裁判所だって、そうやって国会での答弁だって変わり得ることを前提にして一定の参考にしているのであって、変えないものだったら条文に書けばいいんですよ、変わらずに将来にわたって拘束したいならば。だから、そこは前提がやはり全然違っているということを申し上げておきたい。

 もう一回、その共同の目的のところで、お互いにわかった上で、お互いに非常にわかりにくい議論になっているんだと思っているんですが、つまり、私たちが心配をしているのは、共同の目的という言葉を普通に読めば、普通に読めばですよ、それは、共同の目的というのはいろいろな目的があるわけですよ。

 例えば、一例で言うと、先ほど来、その政治団体の届け出義務違反も、これは四年以上だと対象になりますね。政治団体をつくるというときには、政治活動をするというのが共同の目的でありますけれども、届け出義務を怠るということもある意味では共同の目的なんですよね、主たる目的ではないけれども。だけれども、そうしないと、逆にすべての団体が適用されなくなりますよ。だって、犯罪を犯すこと自体を一番の目的とする団体なんてありますか。

 オウム真理教だって、犯罪を犯すことが目的だったのではなくて、その共同の目的は、これは我々には理解不能ですけれども、麻原何がしという人が自己満足を得たかったのか、経済的な利益を得たかったのかよくわかりませんが、とにかく何らかの目的があって、その手段として、例えばサリン事件のような犯罪をたくさん繰り返してきたんでしょう。暴力団だって、別に犯罪を犯さないけれども、世間から暴力団に持たれている怖いイメージを持たせて、なおかつその結果いろいろな不労所得がたくさん入ってくるんだったら、暴力団だって多分それでいいんでしょう。犯罪を犯すこと、そのこと自体が目的ではないんでしょう。

 だとすると、逆に言うと、共同の目的がその団体の継続的な結合のための基礎になっているということを逆にがちっと読み過ぎると、暴力団だってテロ集団だって、テロ集団の団体の結合の主たる目的は、例えばアルカイダだって、何らかの政治的意図を実現することが、継続の基礎になっている目的でしょう。それを実現するために、合法的な手段ではできない、だからという彼らの判断に基づいてテロをやっているわけですよ。同じことが、労働組合だって政党だって、いろいろなところで起こり得ますよ。

 政治家だって、例えば政治団体だって、これは継続的な団体になるでしょうね。政治団体だって、何とか候補を当選させたりとかその政治的な意図を実現することが第一の目的、主たる目的と言っちゃうとうちの法案とも矛盾するので難しいんだけれども、一番の目的であるのは間違いない。そして、そのことを実現する手段としても、主には、選挙によって合法的に、選挙で当選して実現をしようとするわけだけれども、しかし、時々、いや、これぐらいの形式犯の選挙違反だったら仕方がないなということで、その軽微な形式犯的な選挙違反については、ある意味では共同の目的になっている場合だってあり得る。

 それは、テロリスト集団が、特定の政治目的を持っているんだけれども、実現するためにテロをやるんだという、その政治的な意図を実現するということとテロを実行するということとの関係、日本の普通の政治家の政治団体が、選挙で当選するという目的と、それからそのために、例えば選挙違反もやむなし、あるいは政治資金規正法違反もやむなしと思うこととは、本質的に違いはありませんでしょう。

○早川委員

 たくさんの事例についての御質問があったんですけれども、いずれも、私は、御指摘があったケースは今回の組織犯罪の共謀罪の対象にならないケースを挙げられたんだなというふうに思いました。結果的には、私どもの修正案の読み方にまだそういう余地があるのかどうか、私はないと思っておりましたけれども、改めてその問題について説明を申し上げたいと思います。

 まず、団体の共同の目的が何であるかについては、個々の構成員の主観的な目的や具体的な活動を捨象した抽象的な目標によって判断されるのではないということであります。継続的な結合体全体の活動実態などから見て、客観的に何が構成員の継続的な結合関係の基礎になっているか、これが社会通念に従って判断されるべきものであると考えます。

 したがいまして、構成員の継続的な結合関係の基礎が正当な活動を行うことにある政治団体あるいは会社と異なりまして、一般にテロ団体あるいは詐欺会社と言われるような団体については、これは社会通念に従えば、継続的な結合体全体の活動実態などから見て、客観的に、構成員の継続的な結合関係の基礎となっているのが重大な犯罪等を実行することにある、そういうふうな団体であるというふうに判断される。これがいわゆる常識的な判断、法律家としてなすべき判断だろうというふうに考えている次第であります。

 その他いろいろな御質問がありましたけれども、いずれにしても、御指摘の事例については、これが組織的犯罪の共謀罪に該当するものでないというような形でのさらなる検討はしていかなければいけないのかなと私は思いました。

○枝野委員

 おっしゃりたいことは非常に理解をしますし、それから早川委員も、とにかくこれがむやみやたらに拡大解釈されることはだめなんだという意図に基づいて努力をされているんだろうなということは評価をしたいと思います。

 しかし、では、本当にそういう読み方になるのかということになると、必ずしも担保はないのではないだろうか。

 例えば、この法律ではもともと団体の定義として、「共同の目的を有する多数人の継続的結合体であって、」と書いてあります。ここに「共同の目的」という言葉があって、先ほど来というかこの間、この「共同の目的」というのは何なんだということでずっともめてきているわけであります。

 ですから、定義規定というのはこの法律は二条にもともとついていますから、二条に新たに本法において共同の目的とはという定義規定を置いて、そしてそれが、要するに拡大解釈がされないように、あるいは私は逆に限定され過ぎるのではないかという心配もあり得るとは思うんですけれども、そういったことのないようにすべきだと思うんですけれども、どうでしょう。

○早川委員

 もう既に御説明したところでありますけれども、まず与党修正案の共謀罪の規定に言う共同の目的の意義について申し上げますと、「共同の目的を有する多数人の継続的結合体であって、その目的又は意思を実現する行為の全部又は一部が組織により反復して行われるものをいう。」そういう団体の定義規定から導かれるものである。現在の与党修正案の文言であっても、これまで申し上げてきた意義を読み取ることは十分に可能である。また、この文言をこれと異なった意味に読むことは考えられないと思っているところであります。

 しかしながら、さらに何らかの工夫ができないだろうかということであります。これは委員にも、そういったことについての御提案があれば、また私も勉強はさせていただかなければいけないと思っております。

 民主党の修正案でも、いわゆる重大な犯罪を実行することを主たる目的または活動とする団体とされているところでありますけれども、これは既に質疑がなされておりますけれども、この規定における主たる目的が何を意味するのかが、だれが条文を読んでも一義的に明らかなのかという法律解釈上の疑義がやはり指摘をされているところであります。

 いずれにしても、少なくとも現時点においては、共同の目的という言葉は現行の組織的犯罪処罰法における団体の定義規定で既に使用されている言葉でありますので、これまでも実際特段の問題もなく適用されていることから、この法律の一部改正を内容とする本法案でも、引き続きこの共同の目的という言葉、用語を用いるのが最もいいのではないかなというふうには思っているところであります。

 しかし、何らかの工夫がさらにあればというところで協議はしたいと思います。

○枝野委員

 私は、ここを一つのポイントだと思っています。ここのところが拡大される余地があるということであれば、ほかのところでどんな配慮規定を置いても余り法的な歯どめにはならない。共同の目的あるいはその対象となる団体がきっちりと限定される、つまり、私は、早川委員がおっしゃったように、共同の目的の意味として、早川委員のような解釈をすること、それが可能であるとは思います。可能であるとは思いますが、まさに刑罰法規ですから、拡大解釈されないように、いかに他の読み方ができないようにするかということが目的である。

 そういう意味では、その「主たる目的又は活動」というのは、「共同の目的」と書くだけよりはずっと限定できていると我々は思っていますけれども、さらに工夫の余地はあるだろうと思いますので、ぜひともそこは柔軟に、慎重に、みんなが心配しなくてもいいような修正をさらにすることを求めたいというふうに思います。

 もう一つ、犯罪の実行に資する行為ということで限定を加えたということが与党修正案にあるわけですが、改めてお伺いしますが、この犯罪の実行に資する行為をなぜ加えたのかというところからまず教えてください。

○早川委員

 まず、政府の原案では、共謀段階でこれを処罰の対象とするということの中で、いわゆる顕示行為といった要件は全く出ておりませんでした。共謀というのは、どうしても内心の意思に係るものであって、外形的にこれをとらえることがなかなか難しいということであります。

 そこで、国際組織犯罪防止条約の中では、各国の法制において、いわゆる合意を推進する行為を付加するということが許されているというその条約上の規定を借用いたしまして、何とか、より構成要件を明確化し、かつ、その適用の範囲を限定、厳格化するために、犯罪の実行に資する行為が行われることを処罰条件として付加するという修正案を提案させていただきました。

○枝野委員

 早川委員は二十五日の質疑のところで、実行に資する行為と言えるためには三つの点が必要になりますと。きのうの参考人質疑でいろいろと参考人の方も混乱をされていたので改めて伺いますが、実行に資する行為は、共謀が成立した後に行われたものでなければいけないという理解をされている、そういう提案者の意思である、これを確認したいと思います。

○早川委員

 全くそのとおりであります。

○枝野委員

 そうしますと、きのう参考人質疑を早川委員も聞いていらっしゃったので通告を具体的にしていませんが、大丈夫だと思いますが、ある犯罪集団の一人があらかじめ犯罪のための凶器なりを用意して、そしてみんな集めて、そこで共謀が成立をしたというだけでは犯罪に資する行為ということにはならないという理解でよろしいですね。

○早川委員

 全く同一の理解であります。

○枝野委員

 今の点も、多分、与党が推薦をされた立派な大学の先生ですら誤解をきのうされていたようでございます。ですから、ここも、やはりさらに踏み込んだ要件の明確化が必要ではないのかと今の点について思います。

 もう一つ、そもそも条約を読みますと、先ほど早川委員もおっしゃいましたが、合意の内容を推進するための行為という訳がついているんですね。それから、早川委員の答弁でも、共謀に係る犯罪の実行に役立つ行為、共謀の推進といったことの表現も妥当するかと思いますけれどもとおっしゃっているんですね。

 私の理解では、共謀の推進というのと、それからこの条文に言います犯罪の実行に資する行為というのは大分意味が違うように思うんですけれども、どうですか。

○早川委員

 法律用語の解釈をどのようにするか、幅がある概念でありますけれども、条約で言っております、合意の内容を推進する、言えばエンアクト、要するに有効にさせるという用語でありますけれども、これは合意を基準とすれば、合意から前進する、推進するという用語になります。それから、犯罪の実行という結果から考えますと、その必要とされる客観的な行為というのが、犯罪の実行に資する行為。要するに、犯罪の実行の結果により近づいている、その結果から考えると、資する行為という表現を選ばせていただきました。

 その点で、果たして十分であるかどうかについて協議をしなければいけないと思います。

○枝野委員

 お互いが法律家同士なので余りこういう話をしたくないんですが、あえて国民的にわかりやすく言いますと、普通に、何かに資する、役に立つという日本語ですね。例えば、十人で共謀しました、十人で役割分担して犯罪を行おうとしています。心臓を動かしたり、呼吸したりすることも犯罪に資する行為じゃないですか。お笑いになるのでよくわかるんですけれども、つまり、存在をしていること自体が犯罪に資する行為なんですよ、十人なら十人でチームを組んで何かやろうとするということは。

 つまり、どこからが皆さんの言うオーバートアクトなのかということを考えたときに、ここは境界は相当広く日本語としては読み得る。提案者の早川委員の意図はともかくとして、普通に日本語として、資する。それはそうでしょう。水を飲むのも、食事をするのも、休憩をしておくのも、では、何時に討ち入るぞ、その前に一眠りしておくかというのだって、まさに犯罪に資する行為ですよ、日本語としては。

 こういうことを考えたときに、一方では、その条約の文言の合意の内容を推進するための行為というのは、これはかなり違いますね。少なくとも、単に生きて存在をしていること自体が、推進するという日本語には普通当たらないだろうな。ただ、若干危ないのは、何時に討ち入るからその前に一休みしておこうか、これは推進かもしれないなと思わないではないんだけれども。ということで、一つには、資するという言葉と推進するという言葉では、少なくとも日本語的に意味が違うんじゃないか。

 それからもう一つは、犯罪の実行に資するというのが与党修正案です。ところが、条約の案文を見ますと、合意の内容を推進すると書いてあるんですね。これは意味が違うと思います。合意した、つまりそこで共謀したことの内容を推進するというのと、犯罪に資するというのでは、犯罪の方が広いわけですよね。その合意した犯罪の内容を推進するではなくて、犯罪を推進するということになりますから、例えば、あした討ち入りをしようということについて合意をした、その合意を推進する行為と、同じことを、あさってやることには役に立つけれどもあしたには役に立たない、だけれどもそれはやはり犯罪に資する行為になっちゃうんじゃないかな。そんな細かいことを聞こうと思っているのではありません。

 だから、少なくとも、普通に日本語を読んだときには、明らかに、合意内容を推進するための行為という限定をかけた方が、法的な細かいことを今あえて申し上げましたが、逆に、あえて法的な細かいところはともかくとして、普通に日本語を読む立場からすれば、ずっときちっと限定されているなということになるんじゃないかと思うんですけれども、どうでしょう。

○早川委員

 あらかじめ確認をしておきたいところでありますけれども、あくまでも共謀に係る犯罪の実行に資する行為、これが修正案の提案者の趣旨でありますし、条文上もそういうふうになっているところであります。

 実行に資する行為の要件につきましては、この要件を設けた趣旨からして、実行の段階に至ったことのあらわれと言われるような行為、すなわち、犯罪の実行に実質的に役立つ行為でなければなりません。共謀に係る犯罪の実行にとってささいな意味しかないような行為はこれには当たりません。

 そういうことで、御指摘のような事例というのは、そういう意味では実行に資する行為には全く当たらない。例えば、単に息をしている、生きているというようなケースがこういった資する行為に当たるということはおよそ考えられないところであります。

 実行に資する行為と言えるためには、これを設けました趣旨から、第一に、共謀が成立した後であること、第二に、共謀の段階を超えた、すなわち共謀する行為とは別のものであること、第三に、共謀に係る犯罪の実行に実質的に役立つ行為、こういうことが必要であるというふうに考えております。

 したがいまして、その内容は明確でありますし、この条件というのが共謀罪として処罰される範囲を明確かつ限定的にするものであると考えているところであります。

○枝野委員

 おわかりいただいているとは思っているので余り言いませんが、別に私も、この条文で本当に、単に呼吸していたじゃないか、資する行為だと捕まえるとは思いません。しかし、この修正案が出て以来の議論の中でも、あるいはこれからも出てくると思いますが、ではどこからなのという話なんですよ。

 つまり、ささいなことはなりません、確かにそうなんでしょう。でも、ささいなこととは何なのかというのは余りにも漠然とし過ぎる。もちろん、この手のことはいろいろなケースがあり得るわけですから、すべてを条文に書いておくことはできません。

 我々の言っている予備だって、その予備という言葉だけだったらいろいろとれる。ただ、幸いにといいますか、予備罪というのはかつてから日本にずっとあって、予備というのはどういう行為かというのは判例の蓄積もしっかりあって、これは裁判所の判断自体の蓄積があるから、これについては、一定の限定をした解釈で法執行機関も裁判所もなるだろうということなので、一つの言葉でできるかなと。

 ただ、資するという話は、私の知る限りは前例はないし、なおかつ、それの基準になること、裁判所の見解などもないわけですから、どこまでどうなるのかというのは、立法者の意思は考慮はされるかもしれないけれども、わからない。だとしたら、ぎりぎり可能な中に、例えば今口頭でおっしゃられたような、ささいなことは入らないけれどもというのは条文には書けないでしょうけれども、より限定したことを書くということが必要ではないかというふうに私は思っています。

 特に、なぜこのオーバートアクトのような規定、つまり、条約の五条の1の「合意の内容を推進するための行為を伴い」というのを入れるべきなのかといえば、合意だけでは、要するに供述証拠以外の証拠は基本的にはないはずなわけです。だから問題だと思うんですよ。それで多くの皆さんが心配しているわけです。共謀ということだけであれば、共謀の証拠というのは、基本的には、当事者の供述、自供か、あるいは、それこそ広い意味での盗聴しかあり得ないわけですね。だれかが聞いていたという、これまた供述証拠で、だれかが録音していた、それで初めて物的証拠と半分言えるかなというぐらいです。やはりそれだけでは怖いよね。

 これは、きょうの新聞を見ると、一部については検察は取り調べの可視化というところに踏み込み始めているようですけれども、各国法制が違っていて、事実上弁護士が立ち会えるとか、それこそ録音、録画されているというような刑事訴訟手続の国であれば、それは供述証拠だけで共謀罪を摘発しますということもあってもいいかもしれない。つまり、自白の強要などのおそれがないという国では、あるいは少なくとも低い国では。でも、日本の場合は残念ながらそうではない。

 もし共謀だけで処罰しようというんだったら、自白の強要のおそれがないように、例えば、少なくとも共謀罪については、取り調べは全部弁護士の立ち会いとか、極端なことを言えば。逆に、そういうことをくっつけるならば、条約の趣旨から考えても、ある意味ではその共謀だけで処罰するということはあるかもしれない。だけれども、日本の刑事訴訟体系が今そうなっていない以上は、供述証拠だけではだめだという本来ある意味では刑事訴訟法的な部分のところを確保、担保するためにも、一定の行為が必要なんじゃないか。

 だとすると、その行為自体が一定のある犯罪の方向に向かっている、少なくとも、ああ、こういう合意があったという供述証拠を、確実であるなということを思わせる程度のものでないと、こういう規定を置いても、結果的に余り意味がないとなってしまうんじゃないか。こういうことを我々は危惧をしているということだけ申し上げて、ぜひ柔軟な対応をお願いしたいと思います。

 ちょっと通告していなかったので、答弁は場合によったら結構ですので、一方的にこちらから問題点の指摘をさせていただきたいんですが、私は英語ができないものですから、条約の解釈ということについて余り従来立ち入ってきませんでした。ところが、三十四条の、例の国際性の要件を入れちゃいけないという規定のところ、ここは大きな論点になっているわけですけれども、原文となる英語も、できないなりに今改めてちょっと読んでみて、なおかつまだ私自身も結論は出ていないんですが、果たして、政府がおっしゃっている解釈が絶対なのかということ自体が私はちょっと疑問があるということを指摘しておきたいと思います。

 日本語訳の条文で話をしますけれども、第五条等の規定に従って定められる犯罪については、国内法において、国際的な性質とは関係なく定めるというのが条約の条文です。第五条の規定に従って定められる犯罪についてはが主語です。第五条の規定に従って定められる犯罪というのは共謀罪です。共謀をするということについて犯罪化をする。ことについてはが主語です。述語は、国際的な性質とは関係なく定めるということを言っています。つまり、共謀そのものが越境性を持っている必要性を課してはいけませんよという規定にも読めませんかという問題提起です。

 いいですか。条文に書いてあるのは、五条の規定に従って定められる、つまり共謀罪については、国際的な性質とは関係なく定めると書いてあります。ここに書いてあるのは、実は厳密に言いますと、我が国で取り上げている、今問題になっている共謀罪の規定だけではありません。「組織的な犯罪集団が関与する重大な犯罪の実行を組織し、指示し、ほう助し、教唆し若しくは援助し又はこれについて相談すること。」というのも五条の中に規定をされています。定義の中に「組織的な犯罪集団が関与する重大な犯罪の実行を組織し、」とありますが、組織的な犯罪集団の外側にいる人たちも入っています。つまり、教唆とか援助とか、これについて相談をするということも入っています。対象は、組織的な犯罪集団の内部の人たちだけではありません。

 それで、この人の、つまり相談をするとか援助するという行動は、組織的な犯罪集団は国際的越境性を持っていて国際的な犯罪をやろうとしている場合であっても、国内で完結をする話です。国内において何かお金を集めてあげて、国内でお金を渡してあげる、援助とかというのはそういう話になります。

 確かに、そういうケースについて、そこ自体が越境性を持っていないとだめだということにしたら、物すごく限定をされてしまうでしょう。自分の国で犯罪が行われないからいいや、実際に例えば人が亡くなるとかというような犯罪については海外で行われるけれども、その共謀だけが国内で行われましたというときに、共謀だけ内で行われたんだから関係ないやということでは、まさにこの条約の目的である、国際的な組織犯罪を防止し及びこれと戦うための協力を促進するという観点からは確かにおかしいでしょう。共謀は国内的な問題だけれども、その共謀の結果行われる犯罪については越境性を持っているんだから、それはちゃんと国内で責任持って取り締まれよという条文なんじゃないでしょうか、三十四条の二項というのは。

 条文を私が素直に読む限りでは、私は英語できないので、繰り返しますが、日本語で読む限りはそう解釈する方が自然であって、さらに言いますと、この条約では、ほかのところ、例えば三条の適用範囲で、「この条約は、別段の定めがある場合を除くほか、」とは書いてありますが、「次の犯罪であって、性質上国際的なものであり、かつ、組織的な犯罪集団が関与するものの防止、捜査及び訴追について適用する。」と、わざわざこの条約の適用の範囲は国際的な犯罪ということが対象なんですという規定を置いているんです。その規定を置いているにもかかわらず、三十四条のところでは、五条、六条、八条、二十三条という、ほとんどあんこの部分のところを全部、国際性は要りませんよと少なくとも外務省は読んでいらっしゃるんだけれども、その読み方自体違うんじゃないですか。わざわざこう置いた上で読むということを考えると、国際的な犯罪を取り締まるためだけれども、共謀が国内だけで行われた場合でもちゃんと取り締まれと読むべきではないのかと私は思います。

 ぜひそこのところは、多分外務省は硬直的だと思いますので、法務省サイドも、あるいは衆議院法制局、もう一度、例えば、英語のできる方、原文にも戻って改めて考えていただくと、そもそも条約の留保とか以前の問題として、国際性の、つまり、共謀をする犯罪は越境性を要件とする、共謀自体は国内だけで行われても犯罪の対象にするということで、条約の文言には反しないとなると私は思います。

 もしそうでないというのだったら、この間ずっと言われてきている、条約締結に至るプロセスの、交渉過程の資料を出してくださいという話にやはり戻らざるを得ないんじゃないかというふうに思いますということを申し上げて、次の質問者に今回はかわります。もう一、二回質問させてください。

 以上です。



<他の議員の発言部分省略>