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 議事録


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両院-年金制度をはじめとする社会保障制度改革に関する両院合同会議


平成17年06月30日

[年金制度をはじめとする社会保障制度改革について]

○枝野議員


 先ほどから、特に最初に鈴木先生が世代間のお話をされました。私も、その話は理屈の上ではもっともだと思うんですが、ここにいる人間みんな、二人を除いて、ほとんど四十歳以上です。今の若い世代の皆さんは、我々と明らかに時代認識が違っています。

 つまり、先輩世代よりも自分たちの世代の方がいい生活ができる、よりハッピーになるということを信じていれば、ある部分で負担が大きくなってもしようがないわねというようなことは成り立つんですが、明らかに、今の若い世代のかなりの部分は、自分たちは先輩世代よりも悪くなっていく中で生きていくのではないかという物すごく不安の中に置かれています。財政赤字が一番典型ですけれども。

 そうしたところの中で、あなたたちは、年金のところでは損をするけれども、トータルで考えれば得もあるんだからいいじゃないという話は、理屈の上では正しいと私も思うんですが、実は説得力を持っていないというのが若い世代の年金離れを生んでいる。この人たちに対して、年金を納めるということについて納得をさせないといけないということが大事なポイントなのではないかと思っています。

 そこで、保険料を納める側あるいは税で負担をする側の観点から公的年金制度の必要性を考えると、私は二つにちゃんと分けるべきだと思います。

 一つは、個人として考えたときは、最初、先ほど来ずっと出ていますとおり、長生きのリスク、平均寿命より長く生きちゃったときには自分で貯金をしていただけでは何ともならないということになるわけですし、それから経済状況、貨幣価値が変わったのに対応できないという意味で、このリスクを分散させる、これはいわゆる保険という概念で成り立ち得る話です。

 ただ、公的に年金制度を行うということのもう一つの意味は、やはり社会の安定。つまり、高齢者で仕事もなくて収入もないという人たちをうば捨て山に捨てることのできる社会ではありません。この人たちがちゃんと生きていけるようにするために、社会全体としてコストを負担しなきゃなりませんねと。

 そのときに、では、収入もなくて自分で用意していなかった人は全部生活保護でいいのかというと、これはこれで、みずから準備をしてきた立場からすればとても納得できないということになりますから、この個人としてのリスクの分散と社会としての安定がここで初めて結びついてくる。

 つまり、最低限のところは、個人のリスク分散としての年金制度をちゃんと自分で持って、そして将来の生活の最低限の安定をしてください、それでも足りない人たちがいる部分については税できちっと支えましょうよ、こういう話になっていくのが負担をする側からいって納得できる仕組みではないのか。特に、社会としての安定ということを考えたときには、やはり低所得者層がある程度自助努力的な、つまり保険方式、保険概念に基づく年金を持っているにもかかわらず、それでは少ないから何とかしましょうよという、補うという概念でなければ、備えてきた人、資産を持っている人、高所得の人からすればとても納得できない。

 ということになると、やはり問われるのは国民年金のところで、今未納、未加入が言われている人とかパート、アルバイトの人だということになっていくわけで、この部分のところを、きちっと最低限、一定程度の所得に比例した年金を持って、それがあるんだけれども足りないから税でやりましょう、こういう概念が要るんではないかということを申し上げたい。

 最後に一点だけ。先ほど来、税が入るから得だという議論がありましたが、これは私は違うと思います。つまり、納める方からすれば、保険料であれ税であれ、どうせ自分たちが将来負担するんでしょうというのはみんなわかっていますから、結局こんな制度はだめだよねという不信を受けているんだということを考えないといけないというふうに思っています。

 以上です。

<他の議員の発言部分省略>