[司法・改正・最高法規等に関する自由討論]
○枝野委員
今の改正手続について、葉梨委員からの発言はうなずきながら聞かせていただきましたが、私も、三分の二の条項が今まで憲法改正の妨げになっていたという立場には立ちません。時代的な状況が、少なくとも憲法改正の当事者である国民が、ある時代までは現行の憲法いいではないかというのがかなりのウエートを占めていた、そして、これを変える、国民投票で変えることが現実的ではない時代が長く続いていた。その評価をどうするかは別として、そういうことが言えるのではないだろうかというふうに思っておりまして、三分の二が高過ぎたから六十年近く変わっていないということではないというふうに思います。
その上で、やはり本質的な問題として、憲法は、我々国会であったりあるいは内閣であったり、もちろん裁判所もですが、主権者である国民がこの憲法を通じてこうした公権力の行使者に対してその公権力行使のルールを命じているものであります。つまり、我々は憲法という土俵の上で行動をする、それが国会であったり内閣であったりするわけであります。
これが政権交代のためにころころ変更するようなものであっていいのかというと、そこは全く違うのではないだろうか。むしろ、政権交代があった場合でも共通して一貫してこのルールのもとでやらなければならないというルールこそが憲法に書かれなければならないことではないだろうかというふうに思っております。したがって、政権を担う意思のある政党が協議し合意をして、幅広い合意形成のもとで、この我々国会や内閣が行動するルールというものを、政権を交代した場合であってもそのルール自体は共通である、こういう状況をつくっていくことが重要であるというふうに思っております。そういうことを考えると、二分の一ではなくて三分の二であるというのは、私は非常に合理性があるというふうに思っております。
もし二分の一ということになれば、例えば政権交代が国際標準的にしっかりと起こるようになれば、恐らく政権がかわるたびごとに憲法改正の発議をそれぞれの政権が国民投票を求めるんでしょう。そして、恐らく、国民投票における憲法改正についての国民の意思と政権を選択する場合の意思とでは食い違ったりすることがありますから、新しい政権ができて憲法改正を発議したけれども国民投票で否決されるとか、こういうわけのわからないことが起こってきて、政治に対する信頼、あるいは代議制に対する信頼まで損なうおそれがあるというふうに私は思っておりますので、この三分の二の条項は大事にし、なおかつ、この三分の二の条項があるということを前提に、政権がどちらの側にあったとしても共通のルールを憲法で規定する、こういう観点から合意形成を今後進めていく必要があるというふうに思っております。
また、私は、そういう観点から、現在法律が制定されていない憲法改正手続につきましても、今のような共通の基盤を持てる政党間において真摯な協議、議論の上で、幅広い国会の意思で早期に制定をすることが望ましいというふうに考えておりまして、他の政党がそういう意思があれば、そうした話をする用意があるということを申し上げたいというふうに思っております。
なお、全く別の論点でありますが、司法について、これも余り議論されていないことなので問題提起をしておきたいというふうに思いますが、判検交流という問題があります。
日本では、裁判官と検察官が行ったり来たりします。場合によっては、裁判官の方が法務省の官僚になってやってきたりしています。裁判官は、検察官であったりあるいは法務省の官僚などとは全く違う身分保障、あるいは、これは問題点もありますが、給与等の保障までされている立場であります。こうした立場の人が、もちろん本人の意思ということにはなっていますが、事実上出向みたいな形で検察官になったり、あるいは検察官であった人が事実上、上からの人事で裁判所に行ったりとかということは、私は、七十八条の裁判官の身分保障の規定の趣旨には反する、こういう運用はやめるべきではないかというふうに思っていますし、もしも自律的に最高裁判所が変えることができないのであれば、判検交流のようなものを明確に否定する条文をつくっておかないと、司法の独立というものはどんどんなし崩しになっていくというふうに思っています。
以上です。
<省略>
○枝野委員
先ほどの私の発言に対して幾つか意見をいただきましたので、それに触れたいと思います。
席を外されましたが、野田先生からの御発言がありました。自民党の全部なのか一部なのかは存じませんが、改正のための努力があった、それを是とするか非とするかという評価は別として、努力があったということは、私もそう思っております。ただ、客観的に国民投票で二分の一がとれるような状況が例えば三十年前にあったのかどうかとか、そういうことを考えると、やはりむしろ、壁であったのは、国会の三分の二ということよりも、当時の社会状況が今の憲法でいいではないかという国民世論を形成していたのではないかというふうにとらえているという意味でございます。
それから、葉梨先生から御指摘のあったこと、それはそれなりにうなずけるところもあるんですが、ただ、マニフェスト選挙と政治論とを考えたときに、現実的にそうなっていくだろうかということです。
つまり、総選挙において各党が憲法について争点として比較主張をするということになれば、当然、どこが違うのかということが国民の選択のときの要素になるわけです。そして、その違いの部分によってそれぞれ票を背負って議会に出てくるわけでして、私は、マニフェスト選挙ということの意味は、少なくとも次の選挙までは、選挙において約束をしたことということを、有権者に対する責任を負うことになるのではないか。
つまり、例えばA案、B案があって、B案を主張して、もし総選挙の争点にして戦って、そのB案を掲げて勝ってきた人は、いや、それは三分の二を形成するためだからといってそのB案をおろしてしまうということが果たして投票してくれた有権者との関係で許されるのかどうかということになると、そこは、もちろん評価、判断は分かれるかと思いますけれども、非常に微妙な問題になってくるし、ましてや現実の政治論としては、今の鹿野先生のお話というのは非常に示唆に富んでおりますけれども、日々の政権を争うとか、それを目指した国会での争いとかというような話の中で、果たして選挙の争点になるようなことについて与野党で一致、妥協ができるのかといったら、やはり政治論としてはなかなか難しいというふうに私は思います。
したがいまして、まさに国民投票で最終的に国民の意見を問うわけですから、本当に国会で三分の二を形成してコンセンサスを得て国民投票に付そうということであるならば、いかに総選挙の争点にしないかということが、早期に、よりあるべき憲法改正を進めるために、最低条件、前提条件になると私どもは考えています。
ただ、何人かの方からも御指摘がございましたが、今二院制で、両院とも三分の二というのは、これは確かにかなりきついかな。特に、参議院が半数改選で六年という非常に長期の任期でありますから、非常に厳しい壁にはなるのかな。ここは考慮の余地がある。これは、二院制のあり方とも絡んできますし、衆参の役割分担とも絡んできますけれども、ここは一定の考慮の余地はあるのかなというふうに思っております。
なお、先ほどの葉梨先生の御指摘も含めて、もう一つあり得るのは、実は国民投票に付すという国会の発議ということの意味をどう解釈するかということがあるんだと思うんです。これは、国民投票法の制定の議論をこれからもし進めていくとすれば、一つの大きな議論をする必要があると思っているんですが、この改正には私は反対なんだけれども、国民投票に付して国民の意見を聞くことは賛成だ、こういう見解というのは許されるのかということです。
通説では、憲法九十六条の解説では、それはだめだ、つまり、そういう改正をすべきだと思う人たちで三分の二を集めろというのが九十六条の一般的な通説と言われていますけれども、いや、そんなに改正したいと言うんだったら、では国民投票にかけてみましょうよ、我々は反対だけれども、国民投票で否決してもらったらいいじゃないかと。
こういうことの余地があるのであれば、私はそれは、先ほどの総選挙の争点と三分の二のハードルとマニフェスト選挙の意味というものを全部両立させ得ることが可能だと思いますし、場合によっては、国民の皆さんの意思をたくさんきちっとできるだけ聞くということだったら、A案、B案、改正せずという三択で投票をすると二分の一がとれないとかややこしいことになりますから、投票の仕方は難しいかもしれませんが、例えば同じ条項について改正案A、改正案Bというようなことがあれば、ではまず改正案Aについて国民投票しましょう、過半数がとれたら改正案Aで決まりね、否決されたら改正案Bで国民投票にかけましょうということまで一致をして、足すと三分の二を超える、では発議しましょうというようなことを、私は、九十六条から許されるかどうかは別として、それ自体は議論したいと思いますが、そういうことが可能な仕組みにするということは一理あるのではないかな、こんなふうに思っています。
<省略>
○枝野委員
では、せっかくですから、短く。
私は若干誤解をしていたようでございますが、そういう趣旨であるならば、私もあり得ると。もうちょっと私自身は具体的に考えておりまして、選挙の時期がいつになるか、見通しは立てられないものですが、選挙からある程度時間がある段階までにしかるべき政党はそれぞれの考え方を示して、その上で、選挙に当たっては、我々の考え方はこうであるが、どの党が政権をとっても選挙後にはこういう政党の中で一致点で発議をしたいということについて国民に示す、こういう合意がもしもあと一年ぐらいの間にできれば建設的な話になるのかなというふうに思っております。