[安全保障・国際協力・非常事態に関する自由討論]
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○枝野委員
私は、憲法九条に込められた思い、理念は、今後とも変わらない、変えるべきではないものだと思っていますし、戦後六十年の日本の、ある意味での成功の一つの要素として憲法九条の存在があったと高く評価するものであります。
しかしながら、現在の日本の状況、そして憲法の状況を考えたときに、現行の九条をこのまま維持するということには大変重大な問題があると思っています。それは、自衛隊あるいは自衛権というものについて、その存在を認めることについてはほぼ大方のコンセンサスがあるかと思いますが、そうした存在を認めておきながら、そうした最も強力な公権力行使についてのルールが憲法に規定されていないということであります。
言うまでもなく、立憲主義というのは、近代憲法というのは、公権力行使のルールと限界を定めた法であります。そのときに、自衛権の行使という最も強力な公権力行使について、どこまでできるのか、何ができるのか、どういうルールで行うのかということがすべて解釈で規定をされているという現状は、余りにもリスクが大き過ぎると思っています。全くハードルになっていない。現実に、残念ながら、この間、無理な解釈の変更あるいは無理な解釈の継ぎはぎによって、事実上自衛隊の権限行使の限界を拡大してきているという現状も存在をしています。
むしろ、憲法九条に込められた理念、つまり、侵略戦争を行わない、我が国が無用な戦争に巻き込まれないというような理念をしっかりと守っていくためには、憲法においてしっかりとこの自衛隊という大きな公権力行使のルールと限界を定めておくことが重要であると思っております。
なお、単に自衛権を明記するとか自衛隊の存在を明記するということだけでは、全くそうした立憲主義の本来の意味からは無意味である、現行憲法でも解釈できているわけですから。どういうときに自衛権が発動でき、自衛権行使の限界はどこまでであるのか、あるいはシビリアンコントロールというこうした強力な公権力行使に当たっての基本原則、それから国際貢献のための自衛隊派遣の場合の要件や限界、こうした基本的なルールを憲法典にしっかりと書き込んでおいて、その限界を共通認識にさせ、明確にさせておくこと。もちろん、余り細かいことまで憲法典に書いてしまいますと、それは大変不自由であるという観点がありますから、安全保障基本法のような下位法をもってその詳細を決めるということはあってもいいかと思いますが、基本原則は、やはり憲法典に書いておかなければいけないだろうというふうに思っております。
そして、こうした観点から、自衛権発動の要件ということとの絡みで、いわゆる先ほど来出ている個別的自衛権、集団的自衛権の区別論ですが、まさに憲法典に何のルールもなく解釈でどこかに限界を引こうと思えば、いわゆる一種の講学上の概念である個別か集団かというところで線を引かざるを得なかったというふうに思います。
ちゃんと憲法典に、個別であれ集団であれ自衛権と称するもとで侵略戦争が行われたという歴史もあるわけですから、かなりきちんと自衛権の名のもとに侵略戦争が行われないような要件を定めていく。その場合に、個別か集団かということが実はその判断材料にとって重要なのかというと、私は、必ずしもそうではない、個別と称しても侵略戦争につながり得るようなおそれのある場合はあるし、集団の場合であってもまさに侵略戦争につながらない固有の自衛のためのものとして必要なものがある、そういうふうに思っておりますので、もう個別か集団かという不毛な議論は、少なくとも憲法典を変えるという議論の中ではやめるべきではないか、こういうふうに思っております。
なお、残り一分のところで、非常事態について一点だけ触れておきたいと思いますが、非常事態のときにおいて、非常事態だから人権が制約されるというのは、人権概念についての誤解に基づくんではないかと私は思っています。
基本的人権というのは、平時であれ非常事態であれ、他者の人権との調整のもとにおいて制約をされる。これは平時でもそうです。非常事態においては、まさに他者の生命という大変大きな他の人権との調整原理になりますから、平常時に比べて制約される要素が大きくなるというのは、現行憲法をもとにしても、そもそも基本的人権の概念のもとで当然にあることでありますから、あえて非常事態だから特に人権が制約されると書くということは全く意味がないことだと思っています。
むしろ、先ほど早川委員などがおっしゃっておりましたとおり、非常事態のときに、人権制約のルールなどについて平常時と同じルールでいけるのかどうか、あるいは公権力行使、国会や内閣のあり方、手続の部分のところは、これは非常事態において通常の手続をある程度省略する、そして、事後的にそれを補完するという手続を決めておく。あくまでもこれは、人権分野のところではなくて、統治分野のところの問題なんだという共通認識を持っていただきたいと思います。
以上です。