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 議事録


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衆-憲法調査会


平成17年02月03日

[天皇制に関する自由討論]

○中山会長
 これより会議を開きます。

 調査に先立ち、発言を許します。船田元君。

○船田委員
 本日の議題は天皇制ということでありますが、その前に、ちょっと皆様方にお聞きをいただきたいことがございました。それを少しお話をし、会長の御判断をいただきたいと思っております。

 それは、けさの読売新聞の朝刊の一面に出た記事でございますが、ちょっと読み上げます。「衆院憲法調査会は二日、今国会中にまとめる最終報告で、焦点の憲法九条について、「改正すべきだとする意見が多数だった」と明記する方向となった。自民、民主、公明の三党が、報告書は論点整理にとどめず、多数意見と少数意見を区別して盛り込むことで大筋合意したためだ。」というくだりの記事がございました。

 一々の記事について取り上げるということについては必ずしも是といたしませんけれども、しかしながら、現在、この憲法調査会におきましても大変な議論がございまして、また、これから最終報告に向けての大変重要な討論が行われるということでございます。

 そういう中で、この記事における、自民、民主、公明の三党でこの取りまとめの方法について合意をした、あるいはその内容について大筋合意をしたという事実は全くございません。したがいまして、この記事につきましては、事実ではないということで私は処理をしていただきたいというふうに考えております。

 憲法調査会といたしましても、今後このようなことがないように、ぜひ、会長からしかるべき対応をとっていただきたいとお願いを申し上げたいと思います。

 以上でございます。

○中山会長
 枝野幸男君。

○枝野委員
 私からも、ただいま船田筆頭からお話ありました件について一言申し上げさせていただきたいと思います。

 もちろん、報道には報道の自由がございますから、いろいろな御意見を書いていただくことは結構でありますけれども、事実関係にきちっと基づいて書いていただきませんと、この調査会の運営自体、ここまで、いろいろな御意見ありますけれども、各党円満に物事を進めてきている、会長の御努力によっていただいているというふうに認識をしております。

 そうした中で、例えば、会長と会長代理という立場の中で、取りまとめの仕方についていろいろな、皆さんに御提起をするための準備は進めておりますが、具体的な各論点についてどういう方向で取りまとめるとか、そういった議論自体を全くしておりません。

 にもかかわらず、この新聞記事を見れば、そうしたことについて、与野党間で、各党間で協議をし、なおかつ合意がされているかというふうに受け取るのが当然としか読めない記事になっておりまして、こういう事実と異なる報道が出されてそれが放置をされますと、せっかく信頼関係の上で成り立って、いい議論がなされている憲法調査会の議論にも悪い影響を与えかねないというふうに危惧するところでございまして、ぜひ会長から、調査会を代表して、この読売新聞の記事については、訂正とそして抗議をしていただきたいと、よろしくお願い申し上げます。

 以上です。

○中山会長
 ただいま、船田、枝野両幹事から御発言がございました。御発言の趣旨を踏まえて、当調査会の会長として公式に、読売新聞に対してこの記事の訂正及び今後に対する注意を申し伝えたい、このように思っております。それで御了承願いたいと思います。

<省略>

○枝野委員
 民主党の枝野でございます。

 まず、天皇の元首論についてお話ししたいと思いますが、これは、元首という言葉をどう定義するのかということで、法律的な意味というのは人によって多種多様であるということで、まず法律論としてははっきりしていることだと思います。その上で、元首というような言葉を天皇制のあらわし方として憲法に書くことがいいのかどうかということですが、私は、ちょっと違った視点からこのことについて論じたいと思っております。

 というのは、いずれにしても元首という言葉は、横並び、つまり国際的な横並びの言葉だと思います。他国の代表者、例えば大統領とか国王とかを元首と呼ぶのか呼ばないのかという意味では、外国との横並びだと思います。

 日本の天皇制が各国のいわゆる王室などと比較して圧倒的に長期にわたって継続をしていることの意味は、あるいは根拠はどこにあるのかといえば、やはり違うものだ。つまり、ヨーロッパの王制であったり、あるいは中国の皇帝であったり、あるいは朝鮮半島において幾つかあった王制であったりというものと明らかに違う天皇という存在で日本は位置づけてきたということが、たくさんの王室、王族が各国において変わっていった中で日本の天皇制だけは継続をしてきたということなのではないだろうかと思います。

 そうした中で、各国のトップと横並びに天皇の意味づけをしてしまう表現の仕方をするということは、私は、かえって天皇制の安定あるいは天皇制の特殊性というものをふさいでしまうことにならないかということを危惧いたします。

 実は、象徴という言葉がよかったのかどうかわかりませんけれども、日本の天皇はヨーロッパの王制や中国の皇帝とは違うんだということで別の言葉で日本国憲法に書いたということは、私は、結果的に非常によかったし、そのことは国民的にも定着をしているんだというふうに思いますので、あえて、天皇の地位を他国の大統領や他国の国王と横並びに扱うような元首という言葉を使うべきではない、そういうふうに思います。

 それからもう一点、国事行為についてお話をしたいと思います。

 ちょっと全く別の視点なんですが、実は、七条の国事行為を見ていったときに、異色の号があります。それは三号と九号と十号です。ほかの国事行為については根拠となる憲法上の規定あるいは法律上の規定がありますが、衆議院の解散はいつどういうときにできるのかということは全く何も書いてありませんし、九号の大使、公使の接受は、ぎりぎり国際法上の根拠があるというか、国際法上の法的効果があるという意味はあるかもしれませんが、儀式を行うことについては全く法的効果を生じない項目であります。

 そこで、そこから二つのことを申し上げたいと思いますが、私は、今の憲法あるいは憲法に基づく法体系の中で、七条三号の具体化が法の欠缺だと思います。つまり、天皇の国事行為として衆議院の解散というものがある以上、それをどういう要件でできるのかということについては、本来、国会法なり内閣法なりで書く必要があった。解釈であいまいにやってきた。今さら、これだけ憲法慣習として定着をしている解散という制度を現行憲法上変えるというのは困難だというふうに思いますが、もし国事行為について整理をするというようなことがあるのであれば、衆議院の解散の要件はきちっと書く必要がある。

 その際には、私は前にもここで述べたことがあるかと思いますが、いわゆる従来の七条解散、内閣が自分勝手に解散できるという仕組みは私は余り望ましいものではないのではないかというふうに思っています。

 それから、もう一つの視点は、法的効果を持たない国事行為である九号、十号の問題というのは、先ほど来お話のあった皇室外交などの話とあわせて、ちょっと国事行為とは別に位置づけた方が整理としてはわかりやすいのではないだろうかというふうに思っております。

 以上が私からの意見であります。

<省略>

○枝野委員
 若干蛇足になるかもしれませんが、先ほどの保岡幹事の御発言というのはちょっと問題かなというふうに思いまして。

 天皇が国際社会の中でどういうふうに見られ、あるいはどういうふうに例えば海外を御訪問されたときに扱われているのか。私の理解する限りでは、そういう狭い意味でのある種の元首的な扱いは既にきちっと受けているものというふうに信じておりましたし、もしそうされていないのだとしたら、従来の政府と外務省の責任は大変重大であるということになるわけで、もしそういう扱いをされていないと与党の中の方が思っていらっしゃるんだとしたら、それは、内閣のみずからの責任をみずから認めているような話で、大変な問題発言だと思います。

 私は、現状でもきちっと陛下は国際社会の中で陛下の地位にふさわしい位置を、外務省、会長も元大臣をされていますが、の御尽力もあったと思いますけれども、されているというふうに思いますので、実態、立法事実に基づかないような議論をすると議論は混乱をするというふうに思っております。

 それから、もう一点だけ保岡幹事の議論の中で、若干私の発言を誤解されたのかもしれないので補足いたしておきますが、私は、天皇制が、千五百年、二千年、いろいろな言い方があるかもしれませんが、長い歴史の中で、あえて言えば、一番危機があったとすれば、それは六十年前だっただろうと思います。なぜそこで天皇制の危機があったのかといえば、それは、明治憲法が天皇の位置づけを、ヨーロッパの王制、特にプロイセンの王制というものを、横並びで横に引っ張ってきて同じような存在にしてしまったということが、結果的に、第二次世界大戦の終わった時点で、国際社会から、プロイセンの皇帝と同じような日本の天皇というのは存在なんですねと。それは、言葉の使い方から憲法典の書き方から、欧米の当時の君主制の憲法と同じような位置づけと書き方をしていた以上は、国際社会がそういう認知をするのは当然のことだろうと思います。

 結果的に、日本に対する十分な理解のある人たちが当時のGHQの中にかなりの数いたというようなことなどもあわせて天皇制は存続することができたわけでありますが、やはり、国際社会に対する発信ということでは、少なくとも、従来のヨーロッパあるいはアジアにおける君主制、他の国の君主とは日本の天皇制は歴史的に意味づけが違うんですよというメッセージの方が、むしろ国際社会に対して発信をしておく意味としては大事なのではないか。言葉自体も、あえて私たち日本人は、中国の皇帝とかローマ皇帝、イギリス国王とかという言葉と天皇という言葉を分けて使ってきているということの中で、あえて他の国の君主と同じように元首という言葉を使うということは、むしろ天皇制の将来にわたっての国民の統合シンボルとしての安定性に反するのではないか、そういうことを申し上げたつもりでございます。

 以上です。

<省略>