[二院制及び政党に関する自由討論 ]
○枝野委員
民主党・無所属クラブの枝野でございます。
私は、ちょっと違った観点から二点お話をしたいと思います。
まず、二院制についてですが、これは現行憲法典のもとの憲法秩序の問題として考えるにしても、憲法典を書きかえるにしても、二院でそれぞれの役割を少し整理するということまではほぼ一致をできるんだろうと思いますが、現実的に、例えば憲法典を変えるにしても、参議院の三分の二の賛成も得なければ憲法典の改正の発議はできません。もちろん、法律ベースで衆参で少し役割分担をしようなどという、国会法を改正するにしても、参議院の過半数の賛成がなければできません。
そのとき、特に衆議院の中における議論としてもっと考えなければいけないのは、衆議院の優位性ということはもちろんあるんですけれども、逆に、衆議院の立場として、参議院に何の権限を手放して、それは参議院優先でやっていただくのかということをむしろ衆議院の側がかなりしっかりと考えないと、両院で折り合って一致をした形で衆参の役割分担という話にはならないのではないか。そこのところの議論は若干欠けているのかなと。
私は、二大政党制、二大政党的な構造で、小選挙区で政権交代が可能な仕組み、やりやすい仕組みにしたということは、特に、今のように選挙の時期がずれていると、衆議院の多数党と参議院の多数党がずれる、そのときに非常に複雑怪奇なことが政権交代のたびに起こりかねないという構造になっていますから、一般的な法律などについて衆議院の優位性を高めなければ、政権交代と参議院との構造というのはわけがわからなくなる、政治的な混乱が大変起こると思っておりますので、そこの優位性を高める一方で、例えば外交案件、先ほど中谷先生から御指摘あったような外交案件などについてはかなりの権限を逆に参議院優位にするとか、ここは参議院優位でもいいんじゃないか、あるいはそうすることが任期の長い参議院の適性に合っているのではないかという指摘を衆議院の方から出していくことが必要ではないかと思っております。
それからもう一点、政権交代、二大政治勢力制、小選挙区制をとって、これは自民党の皆さんも含めて、皆さんからは今の民主党でとれるのかという指摘はあるかもしれませんが、政権交代が時々起こり得るという制度をあえて導入したという前提になったときに、私は、七条解散ということについてもう一回ちゃんと考えないと、お互いに政権交代のたび、あるいはいろいろなことがわけがわからなくなるのではないかなというふうに思っています。
つまり、今の建前というのは、総選挙においてそれぞれの党が、マニフェストと呼ぶかどうかは別として、我々の政権はこういうことをやります、そして党首である総理候補を掲げて、二大政治勢力で一つの議席を争って、勝った側が政権をとる、こういう仕組みをとっているわけでありますが、そうした中で七条解散が起こるというのはどういうことなんだろうということ。逆に、それで選ばれた以上は、原則としてやはり四年間、その政権公約に基づいて、総選挙のときの党首が内閣総理大臣として国民の負託に基づいて仕事をする。四年後の総選挙において、その四年間の実績に基づき与党は評価をされ、野党は新たなマニフェストを掲げて、どっちがいいか政権選択を求める。
これが今の選挙制度を前提とした場合の政権選択とそれに国民がどう関与するかというシステムだというふうに思いますが、それが、時々意味なく衆議院が解散をされるということでは、逆に、これで四年間やりますと総選挙のときに約束をしたこととの兼ね合いはどうなるんだろうか。もちろん、例外的に、政府がめちゃくちゃなことをやって、与党も一部離脱をして不信任が通るとか、そういう場合の手当ては必要かもしれません。
そこのところを申し上げるのは、実は、衆参で役割分担をしてやっていくにしても、衆議院選挙の時期と参議院選挙の時期が別々でいいんだろうかと、私は個人的には思いがあります。まさに衆議院で総選挙で政権交代が起こったけれども、参議院は選挙はあと二年間ありませんとかという状況のときの政権運営はどうやったってめちゃくちゃな話になって、民意の集約で衆議院選挙で国民が政権を選択したはずなのに、参議院の多数派形成のために裏でいろいろな駆け引きが行われる。こういうことを避けるためにも、選挙は衆参同時、もちろん今の制度で二票ずつ四票だなんて国民に迫るのはむちゃくちゃだと思いますので、衆参一票ずつ同じ時期に投票する、そのためには七条解散ということは本当にいいのかということを考えた方がいいのではないかというふうに思っております。
<省略>
○枝野委員
民主党・無所属クラブの枝野でございます。
先ほど土井先生から御指摘をいただいた件について、若干違った認識をお示ししておきたいと思います。
御指摘のとおり、民意は反映をするという重要性もありますし、同時にどこかでは集約しないといけない、それを選挙の後にやるのか前にやるのかという選択なんだと思います。もし、例えば比例代表的に民意を直接議会の構成に反映させる構造になれば、今度は議会内におけるネゴシエーションで民意が集約されて一つの結論になるということになるわけでして、これは、一歩間違えれば談合政治になり密室政治になり、国民から見えないということになりかねない。選挙の前に二つの選択肢に集約をして選択をしていただくということであれば、少なくともその時点で国民が直接どちらかの選択肢を選べる、こういう構造になるわけです。
私は、どちらがより絶対的に正しいと言うつもりはありません。ただ、日本が戦後、中選挙区でやってきた中で、特に、やはり同じ政党の候補者同士が同じ選挙区で争うという構造は、政党を形骸化し、先ほど鹿野先生から御指摘があったように、党の公約と候補者個人の公約との関係はどうなるんだということは、私は、そもそも制度的にやはりそこは同じ政党の候補者同士でも争わなきゃならないという中では、党の公約と個人の公約との差別化をせざるを得なくなってくるということになって、ますます国民から選択しにくいということになるんだろうというふうに思います。
それから、もう一つ御指摘いただきましたが、私は小選挙区制度、二大政治勢力制になることによって、与野党間の対立は激しくなってきているんだと思っています。つまり、オール・オア・ナッシングで一議席を争っているわけですから、お互いの党とも、中途半端な妥協をすることはお互いにとって何のメリットもありませんから、お互いの主張を議会内においてはとにかく激しく闘わせて、選挙で決着をつけてもらうしかないという選挙制度だというふうに思っております。
これはここで議事録に残す発言をしていいのかどうかわかりませんが、例えば中選挙区で、第一党が三人、第二党が二人という現有議席であれば、三人抱えている第一党にとっては四人目の自分サイドの候補者が出てこないことが三人の当選にとっては一番利益があることだし、第二党の二人現有議席がいるところからすれば、自分たちの勢力から三人目が出てくると自分の選挙はきつくなるという構造ですから、お互いに相手の勢力がある程度頑張ってもらうということに政治的合理性があったわけですが、一人を選ぶという選挙では、相手の勢力にある程度頑張ってもらうということに対する政治的合理性が全くありませんから、むしろ対立は激しくなる。そのかわり選挙で明確に決着をつけてもらう、こういう構造に、いい悪いは別として今なりつつあるんだというふうに私は認識をしています。
その上で、私は、土井先生が御指摘された民意をきちっと反映する、特に少数意見が議会などにちゃんと届く仕組みというのは、それはそれで一方で大事だ。まさに衆参両院制、二院制があるということの意味は、政権選択の衆議院と民意を幅広く少数意見を含めて反映させる参議院とというのは、実は両院の役割分担、特に選挙制度から見た役割分担という意味では、それが一番合理性があるのではないか。そういう意味では、少数意見がきちっと届くような制度にしたらいいと思っております。
なお、私も時々使い間違えるんですが、今の小選挙区制度において生じている現象は、二大政党制ではなくて二大政治勢力制だということを正確に私は指摘した方がいいんだろうと思っていまして、政党は複数あってもいいけれども、政権選択の衆議院選挙においては、その二つ以上の政党が場合によっては共通の政権公約を掲げて選挙協力をしてもそれは全然構わないし、むしろそれは望ましいことかもしれない。ただし、一議席を選ぶ選挙である以上は、二つの選択肢の中で国民に選んでいただくということを選挙のたびに、総選挙はやっていただく、こういう制度ではないか。
だから、二大政党制とは、気をつけないと私も使ってしまいますが、言わない方がいいんだろうとは思っております。
以上です。