[議会オンブズマン制度に関する自由討論 ]
○枝野委員
民主党の枝野でございます。
お話ししたいことがたくさんあるので、早口でお話をさせていただきます。
最初に、まず、柴山委員から、国民負担率との関係でオンブズマンについて触れられておりました。ヨーロッパの視察でヒアリングしてきた状況によると、必ずしも北欧諸国に限らず、北欧諸国がオンブズマン制度のスタート、生みの親であるのは間違いありませんが、今やEU各国にこの制度が広がっている。それから、その役割は、税の使い道の監視という側面ももちろん含まれておりますけれども、それ以上に、行政の憲法適合性あるいは違法性のチェックということで、必ずしも国民負担とダイレクトにつながる話ではないというふうに理解をしてまいりました。
また、裏返して言えば、日本では、顕在的な国民負担率と潜在的国民負担率、つまり財政赤字の部分が、その差が非常に大きいということは、逆に言うと、行政に対する信頼が国民の間で低いからこそ、財政赤字という形で、顕在化させないで国民負担を後世に先送りをしている。だからこそ、日本は行政に対するチェック機能がより必要だ、重要である、むしろそうした根拠になるのではないかと私は考えます。
それから、赤松先生から、行政相談委員などのお話がございました。行政相談委員を初めとして、現行の行政システムの内側から行政をチェックする、あるいは苦情などをお聞きするという仕組みが存在している、そして、そのことが大変大きな意味を持っていることは否定をいたしません。
しかしながら、やはり物事は、内側からのチェックと外側からのチェックというものは本質的に違っているというふうに思っておりますので、行政相談委員さんには頑張っていただくと同時に、やはり外側からのチェックということが必要ではないかと考えます。
そして、最後に、一番本質的なところですが、私は、最後に土井先生がおっしゃられたとおり、現在の行政監視システムが機能をしていないというところは同感でございます。ただ、現行の行政監視システムが十分に機能していないということをどこに求めるのか。私は、例えば今の与党の皆さんにそれを帰するのは、それは酷なんだろうと思っています。むしろシステム的な問題であろうというふうに思っています。
つまり、議院内閣制というもとで議会の行政監視システムというものを機能させようと思った場合には、議会は最終的には多数決原理で物が決まる民主的な手続の場所でありますから、常に与党が多数を持っている。そして、与党と政府は一体として政治的な行動をしなければならないというシステムを内在しているわけであります。
私も、かつて与党であった時代に、与党でありながら厚生省の問題点を国会などで激しく追及をいたしましたり、政府提出法案を与党でありながら修正をさせたりということをいたしまして、当時の与党の先輩方には一種御迷惑もおかけしました。しかし、それは、そういう努力をしましたが、やはり一方で、システム的に、政府・与党の中で与党が政府と矛盾をする行動、発言をするということがシステマチックに行われていけば、それはまた逆に、それはそれで議院内閣制というシステムの合理性に疑問符を投げかけることになるのではないだろうかと言わざるを得ないというふうに思います。
こうしたことを改める方法としては、やはり三つあり得ると思います。
一つは、本来であれば、内閣と行政各部との間を遮断する、もっとしっかりと仕分けをする。つまり、政府・与党といった場合の政府は、内閣は与党と一体化であってもいいけれども、内閣と行政各部との間はもっと遮断をしなきゃならないという状況でありますが、しかし、役所のつくったメモを朗読するどころか、役所のつくったメモすら朗読できない大臣をかばっているような政治の状況でありますから、とてもそれは期待をすることはできないであろうというふうに思います。
もう一つは、議会の側が行政監視のような問題に限っては多数決原理をとらないという例外的な手続をそもそも決めてしまう、こういうことがもう一つあるんだろうと思います。私はこれは、議会というのは基本的に多数決原理が我々の正当性、我々の権限、権威の正当性の根拠ですから、そこには若干疑問があるのではないかというふうに思います。
そういたしますと、やはり議会の持っている行政監視システムを機能させるためには、与党のためにも、与党から切り離した形での行政監視のシステムをきちっと位置づけるということが必要であり、それが議会オンブズマン制度がヨーロッパでどんどん発展をしてきたということの背景にあるのではないだろうか。そういうことを考えますと、これは、十九世紀型の三権分立から一世紀以上を経て、権力分立の新しい仕組みとして、議院内閣制下においては、議会のそばに、横にもう一つの三権とは異なった意味での権力分立をさせるという位置づけになり、それはやはり憲法上の位置づけが必要な存在ではないだろうか、こんなふうに考えます。
<省略>
○枝野委員
まず、先ほど土井先生から二度目にお話しになられたお話は私も同感です。
つまり、議会の機能が今十分に果たせていない、その部分をさらに努力して、議会としてもしっかり機能を果たしていけるようにする。そのことを前提とした上で、ただ、それでも議会ダイレクトでできることというのはやはり限界があるのではないだろうか。
しかも、行政がどんどん肥大化している今の状況の中で、例えば国民の権利が侵害されたり、あるいは不当な行政が行われたことに対して、例えばオンブズマンのところには相当な数の苦情が上がってくるだろうと思います。その苦情に対して、一つ一つを議会のような多数決原理あるいは合議制システムの中で物を処理していけるかというと、例えばスウェーデンやEUでオンブズマンにお話を聞かせていただいても、一種もう形式的に、調査にも値しないというような案件が圧倒的多数であるというのが現実だ、上がってくる案件の。しかし、何割かはまさにきちっと調査をしなきゃならず、そのうちの何割かはまさに問題があるという結果になっている。
こういう処理を合議機関でできるのかというと、やはりなかなか難しいところがあって、そこはある程度の権限をどなたかに与えて、一種行政的に、ある部分までのふるい分けということはさせていかないといけないだろうし、あるいは調査そのものも、合議機関でこういう調査をしよう、ああいう調査をしようということよりも、例えば、事前に調査対象に対して準備をさせると情報を隠すということなどもあり得ますから、そこは一種行政的な側面、性質を持った調査なども行われないといけないんではないだろうか。
そういうことを考えると、議会の機能は強化する一方で、もう一つ、しっかりとチェックをするオンブズマン的な機能が、議会の多数決原理、合議システムとは、近くだけれども別に必要があるのではないだろうかというふうに思っているところであります。
それから、非効率的な行政が問題であって、行政改革を進めていかなきゃならないという御意見は全くその限りは同感でありますが、今の与党の皆さんだけを批判するつもりは全くありませんけれども、残念ながら、日本の戦後六十年間の議会制度と議院内閣制度のもとで、我々や我々の先輩たちが行政の肥大化を許してきてしまっている。
議会が行政をチェックするのではなくて、むしろ行政の片棒を担いで予算の獲得とか組織の拡大の方にむしろ議会人が動いてきたという残念ながら歴史があって、議会人の仕事は、この予算をつけろではなくて、この予算を削れが本来であって、それが議会の本来的意味なのに、私が十一年前、国会議員になって初めて与党の会議のところで、この予算、むだじゃないか、削ったらどうだという発言をしたら、物すごく唖然とそのときにされました。ああ、そういうことは少ないんだなとびっくりしましたけれども。
残念ながら、歴史的にそういうことが行われてきていて、では、今例えば五年とか十年とかの間にこの構造が転換できるのか、我々議会人が役所に対して徹底して予算を削れ削れと、削ることが我々の仕事なんだということに転換できるのかというと、そこもなかなか困難な政治的現実があるんではないだろうか。
また、有権者との関係では、この部分をふやしてねということに対しての仕事も我々の仕事の一つであるのは間違いない。そのことと、行政のむだを削っていく、行政改革を進めていくということとを両立させていくためには、議会が一定のコントロールはするけれども、つまり人選その他の一定のコントロールはするけれども、独立して職務を執行するという形でのオンブズマンというのは、大変いろいろな歴史的な経緯の中ででき上がったシステムだと思いますけれども、議院内閣制のもとにおける議会の政治的立場と現実の必要性というのをうまく調和させたシステムではないだろうかと私は考えます。