[少年法等の一部を改正する法律案(麻生太郎君外五名提出、衆法第三号)
について]
○長勢委員長
これより参考人に対する質疑に入ります。
質疑の申し出がありますので、順次これを許します。枝野幸男君。
○枝野委員
民主党の枝野でございます。参考人の皆さんには、きょうはお時間をつくっていただいて、貴重な御意見をどうもありがとうございます。
まず岡崎さんにお尋ねをしたいというふうに思います。
今のお話を伺いますと、警察、検察の対応そのこと自体が本質的な問題であるんですけれども、少年法とのかかわりで申しますと、大人の事件であれば、刑事事件であれば証拠に使われるはずのない、証拠能力のないような、いわばでっち上げの部分も含めた証拠に基づいて審判が行われ、ほかの証拠がある分だけ本来きちんと調べなければならない部分が調べられずに審判が、事実認定がなされていった。そのことがこうした警察の、不十分というべきかいいかげんというべきか、捜査が見過ごされたままの事実認定になったというような流れかなというふうに理解をしたのですが、そんな理解でよろしいのでしょうか。
○岡崎参考人
はい。事件当初の調査記録を見ますと、供述調書というのが何通かございます。それは当初だけで、その後の捜査においては捜査記録しかありません。ですから、本当に証拠能力のないものばかりがたくさん家庭裁判所の方に上がっていったものというふうに理解しております。
〔委員長退席、山本(有)委員長代理着席〕
○枝野委員
御存じかと思いますが、今回の改正案の中には、事実認定を強化するという意味で少年審判に検察官を関与させようという案文が入っておりますが、岡崎さんの今回の件の経緯から考えますと、そのことが役に立つとは到底思えない。つまり、今回のようなことが起こらないように事実認定をしっかりするためには役に立たないというふうに私は理解するのですが、そういう理解でよろしいでしょうか。
○岡崎参考人
これから検察がそういうことをやってくれるということになるやには聞いておりますけれども、実際にそういう能力あるいは人的パワーが検察にあるのかどうか、私は非常に疑わしいというふうに思っております。
○枝野委員
こういうことは当事者の方にお尋ねをするというよりも、お話を承って、広い意味で専門家が考えなければならないことかもしれませんが、今回のこうした経緯を見たときに、どこをどう改めなければいけない、どこをどう改めたらこうしたことが起こらない、防止をする、そういうことにつながっていく、当事者としてであるがゆえに思うところがもしあれば、教えていただきたいというふうに思うのです。
○岡崎参考人
私は、今の学校の先生やそれから周りの大人たち、これがこういう事件に対して余りにも責任をとらずに無関心であること、これがやはり一番問題じゃないかというふうに思っております。
○枝野委員
今回の少年法の成立はともかくとして、今のような問題が今回の改正でもう決着がついたというふうなことになってしまうのが一番いけないと思っておりますので、我々も可能な限りのことをしたいと思っていますので、今後ともぜひよろしくお願いしたいと思います。
さて、続いて斎藤先生にお尋ねをしたいのでありますが、私は、斎藤先生が今おっしゃられたことは、その限りにおいては同感であります。ただ、考えなければいけないのは、法というものが、刑罰あるいは保護処分というものが、加害少年の更生あるいは少年に対する特別予防、あるいはかなり具体的な意味での一般予防というような意味にとどまるのであるならば、先生のおっしゃられたとおりであるというふうに思っておるのですが、法はそれだけの意味ではないというふうに思っております。
例えば被害者の方のお気持ちということを考えますときに、それは、きょうだけでもお二人の、少年が犯人の事件の被害者の方のお話を伺って、もちろん、刑罰よりもそれ以外のことをという御意見もありますが、その一方で、家族を殺されていながら刑務所にも行かないのかというような思いがあるのもまた事実であります。また、被害者の方に対する経済的、精神的、社会的なフォローというもの、もちろんそれもやらなければならないけれども、本当にそれだけでいいのかどうかということを考えましたときに、私はやはり刑罰に応報という部分があるのは間違いないというふうに思っております。
そのことを考えたときに、少なくとも責任能力がある、少年であるからそれが不十分であるとしても、責任能力が認定をされる年齢の少年の犯罪であって、しかも命を奪うような犯罪であってというようなケースについて、加害少年の更生ということだけでいいのか、被害者の感情あるいは被害者を取り巻く人たちの感情というものを考えたときに、それ以上に守らなければならない価値というものがあるのではないのかというふうに思うのですが、いかがでしょうか。
○斎藤参考人
被害感情というお話がございました。それは非常に大切なことであると思います。しかし、被害感情の中身をきちっと分析する必要があるのではないかと思います。
私も、少年に我が子を殺された被害者の親の方々とお話し合いをしたことがございます。その中で言われたことは、被害者の方は、真摯な、心からの反省が欲しいんだ、心からの謝罪が欲しいんだというふうに言われました。つまり、罰という言い方よりも、心からのおわびをしてほしいということを言っておりました。心からのおわびをする気持ちにさせるにはどうしたらいいかということをやはり考えなきゃいけないのではないかと思います。もちろん、その前提として経済的な援助や精神的な援助をするということも、それは当然のことでありますけれども、総合的な被害者に対する支援をするということは大前提でありますけれども、もう一つ、加害少年から、さらには加害少年の親からも謝罪をしてほしいということであります。
それで、少年に心からの謝罪をさせるにはどうしたらいいかということであります。謝罪には、あるいは罪悪感を持たせるにはいろいろな方法がありますが、重要なのは、処罰恐怖型の罪悪感を持たせて本当の心からのわびができるのかということであります。処罰を恐れるがゆえの謝罪というのは、それはある意味では偽りの、表面的な謝罪ではないでしょうか。真摯に、自分のやったこと、あるいはなぜ自分がそういうことをしてしまったのかということを深いところから考えさせて、初めて心からのおわびができるのだろうと思うのです。それができるにはどうしたらいいかということでありまして、刑罰ではないだろうと思うのです。刑務所に入れることではないだろうと思うのです。
今の少年法の理念は、本当の心からの謝罪をさせるための手当てをしているのだと思うのです。具体的に、ケースワーク機能というのがありまして、少年に対して自分自身のやった行為を見詰めさせるという作業を調査官もやっております、それから鑑別所の職員もやっております。そういう中で、家庭裁判所の裁判官もその努力をしているわけでありますね。少年院の矯正教育というのはまさにそこを目指しているわけでありまして、現実に、それが十分かといえば、まだまだ十分ではないと思います。少年院の矯正教育はまだまだ改善する余地があると思いますけれども、少なくとも少年法はそれを目指しているということでありまして、そこに刑罰と少年法の保護処分の、あるいは福祉教育的な処分の違いがあるのだろうというふうに思っているわけです。
○枝野委員
先生のお話は、少年であるから可塑性に富んでいるので更生にエネルギーをかけなきゃならない。それは、更生という意味で、犯した犯罪を本当に心から悔い改めるためにはどうしたらいいのかということの意味では非常に理解できます。
しかし、被害者の応報感情、あるいは、これは被害者だけではない、社会全体の応報感情に対してどう対応するかということに対して、今のお答えでしたらば、大人に対しても刑罰を行うのはおかしいということになってしまいませんか。
○斎藤参考人
応報感情というものが現にあることは、それは事実でありましょうが、応報感情によって現実に犯罪者をなくせるのかということになりますと、それは別なのです。被害者の方々も、二度とこういうような事件は起こってもらいたくないという気持ちはあります。そのために立ち直ってもらいたいということも言います。その立ち直りのために何が有効なのかということが今問われているわけであります。
応報刑は現実の立ち直りにはマイナスであるということが今さまざまなところで言われておりまして、ドイツでもしかり、イギリスでもしかりです。アメリカでもそれは見直されております。応報によって犯罪の防止につながらない、あるいは犯罪者の立ち直りにつながらないということが今現実に実証的に裏づけられてきているのです。
そういう意味で、観念的に、応報ということによって、被害者の本当に望んでいるところ、そして社会が、一般的な国民が望むところ、それは実現できないだろうと思うのです。そういう意味では、大人の犯罪者に対しても応報刑からの見直しが今求められているだろうと思っています。現に、先ほど述べたように、諸外国ではそういう方向になりつつあるということであります。
○枝野委員
先生のおっしゃることもわかるのです。世界的な流れとして、更生をさせるためにはどうしたらいいのか。それは、子供であれ、大人であれ、同じように取り組まなきゃならない問題であって、そうした意味で、今の日本の刑務所での処遇、更生への努力というものが若干時代おくれではないかということは私も思います。しかし、刑罰というシステムそのものが要らないのか。要するに、更生をすればいいということだったら、犯した犯罪の重さと刑期とかというものに相関関係が要らなくなってしまいます。
つまり、被害者の皆さんの感情も複雑でありますし、それからいろいろな方がいらっしゃいます。それは、被害者の方の中にも、とにかく例えば同じ少年が、同じ犯罪者が二度と同じような犯罪を犯さないように立ち直ってくれるということで納得ができる、それ以上は望まないという方も少なからずいらっしゃるでしょう。しかし、それと同時に、何よりも、これだけひどいことをやったんだからそれに応じたペナルティーを科すべきだ、そうでなければ気持ちがおさまらないという方も少なからずいるのは現実なわけであります。
そして、刑罰というシステムは、そうした全体のバランスの中で、もちろん、かつては目には目をで、応報というものだけが前面に出て物事が行われていたわけであります。しかし、その両方のバランスをしっかりととっていく。つまり、犯した罪に応じたペナルティーを払わなければ被害者あるいは社会として納得できないという側面と、犯した犯罪者が立ち直るという教育的見地とをバランスをとって進めていってきているというのが現在の刑罰のあり方ではないだろうか。
そうしたときに、少年についても、圧倒的多数の一般的な事例については教育的見地ということが大人以上に大きく出てくる、どうやって立ち直らせるかということが大きく出てくるけれども、少なくとも、被害者の側から理由が理解できない、なぜ自分が殺されなければならないのかということについての理由がない、いわゆる無差別殺人的なもののような、人が亡くなっているような場合に、その犯人が少年であるからといって、教育的見地の方だけを見ていいのかどうか。
むしろ、そうしたごく少数の例外的ケースについては、殺された被害者の方全部とは言いません、そうした中に、これだけの罪を犯したのだからきちんとしたペナルティーを払うべきだというような思い、それは被害者だけではなくて、社会全体の中にそうした思いがあるということを正面から見詰めることが必要なのではないかと思うのですけれども、いかがでしょう。
○斎藤参考人
被害者の要求それから気持ち、その中の一番大きいと言ってもいいぐらいのものは、特に少年事件について言うと、やはり情報が伝わってこないということであると思います。私どもも、被害者に対して情報を開示する、これはもっともっとしなければいけない、捜査段階からすべきだということを主張しております。
それからもう一つ、少年の権利をきちっと保障していくということと被害者の権利を保障するということは、両立し得ると考えております。
今、余りにも被害者に対する権利保障が手薄である、ないに等しい、これはひど過ぎるということは私ども実感しております。それは経済的にもそうです。さらには精神的な手当てもそうです。そして法的な援助もそうです。私どもは、被害者に対してなぜ国選代理人をつけないのかというふうに思います。そして、犯罪被害者等給付金支給法、これは余りにも金額的にも低過ぎます。死亡事件でも、自賠責保険の金額の三分の一しかない。かつ、要件が大変厳しい。このような法律は一日も早く改正すべきだろうというふうに思っています。そういう意味で、被害者に対する総合的な支援、犯罪被害者の権利基本法を早急につくるべきだ。これなしに少年の権利だけを言うことは私はできないと思っているのです。
それは死刑廃止論でも一緒です。私は、死刑は廃止すべきだと思います。しかし、死刑廃止論を言う以上は、被害者に対する手当てを徹底的にする。それを両立させない限りはそれは不可能に近いだろうというふうに思っているのです。
そういう意味で、これは同じことです。私どもは少年の権利を守れと言います。それと同時に、被害者の権利を改めてもう一度国会で徹底的に議論をして、そのための手当てを十分に尽くす、それをやっていただきたいというふうに思います。
○枝野委員
ありがとうございます。意見は違っているようですけれども、一つ一致をするのは、御承知のとおり、我々も犯罪被害者基本法を前の国会で提案しましたが、廃案にされております。先ほどの話と全く一緒ですが、この少年法が成立をしたことによって、そのほかの話が一件落着で全部済まされてしまうということになるとすれば、今回の法改正は何が何でもとめなければいけないというふうに思います。
もちろん、先ほどの岡崎さんのような問題についてどうするか、犯罪被害者の皆さん全体に対しての情報提供からケアの問題からどうするか、あるいは子供たちの環境そのものをどうするかというようなこと、トータルのことも同時に順次やっていくということの中では、私は、ごく少数であるけれども、大変被害感情という点から考えて許されないケースについては、責任能力がある以上はペナルティーという形のものを払うべきだというふうに思うということを申し上げて、終わらせていただきます。
どうもお三人、ありがとうございました。
<他の議員の発言部分省略>